メモ帳

考えごと

ミルの不等式

期待値  \mu、分散  \sigma^2正規分布  N(\mu,\sigma^2) とは、確率密度関数

 \displaystyle f(x)=\frac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}}\exp\left[-\frac{(x-\mu)^2}{2\sigma^2}\right],  -\infty < x < \infty

であるような確率分布のことです。特に、期待値が  0、分散が  1 の場合を標準正規分布というのでした。

正規分布の裾確率  \mathbb{P}\left[X>\mu+t\sigma\right], ( t>0) は、 t の値が大きくなるにつれて急速に  0 に近づくことが知られています。その「急速さ」を表現したものに、次のような定理があります。

定理 : 確率変数  Z が標準正規分布に従うものとします。このとき、以下の不等式が成り立ちます。

 \displaystyle\mathbb{P}\left[Z > t\right] \geq \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\frac{\exp\left[-\frac{t^2}{2}\right]}{t}

これをミルの不等式といいます。以下では、ミルの不等式の証明を与えましょう。

(proof)
以下のように式を変形してみましょう。

 \begin{align*}
\displaystyle\mathbb{P}\left[Z>t\right] &=\displaystyle \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{t}^{\infty}\exp\left[-\frac{z^2}{2}\right]dz&\text{標準正規分布の定義}\\
&\geq \displaystyle \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{t}^{\infty}\frac{z}{t}\exp\left[-\frac{z^2}{2}\right]dz&\text{積分範囲から}z/t\geq1\\
&=  \displaystyle \frac{1}{\sqrt{2\pi}t}\int_{t}^{\infty}z\exp\left[-\frac{z^2}{2}\right]dz\\
&= \displaystyle \frac{1}{\sqrt{2\pi}t}\left[-\exp\left[-\frac{z^2}{2}\right]\right]^{\infty}_{t}\\
&=  \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\frac{\exp\left[-\frac{t^2}{2}\right]}{t}
\end{align*}

これでミルの不等式を示すことができました。■

Spec

環といったら、特に単位元を持つ可換環とします。環  A の素イデアル  P とは、 A の真のイデアルであって、

 aa'\in P \Rightarrow a\in P\text{ or }a'\in P

をみたすもののことでした。環  A の素イデアル全体の集合を A のスペクトルといい、 \mathop{\mathrm{Spec}} A と表します。

2つの環 A, B の間に準同型写像  \phi:A\rightarrow B があるとき、環のスペクトルの間にも次のような写像  ^{a}\phi: \mathop{\mathrm{Spec}} B\rightarrow  \mathop{\mathrm{Spec}} A を誘導することができます。

 ^{a}\phi(P):=\phi^{-1}(P)

写像  ^{a}\phi準同型写像  \phi同伴写像といいます。「環の準同型写像がスペクトルの間の同伴写像の誘導する」ことは「準同型写像による素イデアルの逆像は、また素イデアルになる」という事実から従います。この事実の証明を与えましょう。

補題 : 以下の事実が成り立つ。
(1) 準同型写像によるイデアルの逆像は、またイデアルになる。
(2) 特に真のイデアルの逆像は、また真のイデアルになる。
(3) 特に素イデアルの逆像は、また素イデアルになる。

(証明)
(1) イデアル  P の逆像  \phi^{-1}(P)イデアルの定義をみたすことを確認します。 \phi^{-1}(P) 0_A を要素に持つことと、どんな  \phi^{-1}(P) の要素  a,a' に対しても  ra+r'a'\in \phi^{-1}(P), ( r,r'\in A は任意) が成り立つことの2点を示せばよいです。

一点めを示します。準同型写像では  \phi(0_A)=0_B が成り立ちます。イデアルの定義から  0_B\in P が成り立つので、 \phi(0_A)\in P が成り立ちます。あとは逆像の定義から  0_A\in\phi^{-1}(P) が従います。

二点めを示します。

 \begin{align*}
a,a'\in \phi^{-1}(P) &\Rightarrow \phi(a), \phi(a')\in P & \text{逆像の定義}\\
&\Rightarrow \phi(r)\phi(a)+\phi(r')\phi(a')\in P &\text{イデアルの定義}\\
&\Rightarrow \phi(ra+r'a')\in P &\text{準同型写像の定義}\\
&\Rightarrow ra+r'a'\in\phi^{-1}(P)&\text{逆像の定義}
\end{align*}

(2) イデアル  P の逆像  \phi^{-1}(P) が真のイデアルであるための必要十分条件は、 1_A\notin \phi^{-1}(P) が成り立つことです。これを示します。 P は真のイデアルなので  1_B を要素に持ちません。準同型写像の定義から  \phi(1_A)=1_B が成り立つので、逆像  \phi^{-1}(P) もまた  1_A を要素に持たないことがわかります。

(3) 素イデアル  P の逆像  \phi^{-1}(P) が素イデアルの定義をみたすことを確認します。どんな要素  a,a' に対しても、

 aa'\in\phi^{-1}(P) \Rightarrow a\in\phi^{-1}(P)\text{ or }a'\in\phi^{-1}(P)

が成り立つことを示せばよいです。
 \begin{align*}
aa'\in\phi^{-1}(P) &\Rightarrow \phi(aa')\in P & \text{逆像の定義}\\
&\Rightarrow \phi(a)\phi(a')\in P &\text{準同型写像の定義}\\
&\Rightarrow \phi(a)\in P\text{ or }\phi(a')\in P &\text{素イデアルの定義}\\
&\Rightarrow a\in\phi^{-1}(P)\text{ or }a'\in\phi^{-1}(P)&\text{逆像の定義}
\end{align*}

以上で、素イデアル  P の逆像  \phi^{-1}(P) がまた素イデアルになることを示すことができました。■